大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和37年(オ)765号 判決

上告人

小沢方貞

右訴訟代理人

吉本英雄

被上告人

板橋広

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉本英雄の上告理由第一、二、七点について。

原判決が、その挙示の証拠により、控訴人(上告人)は昭和八年五月頃訴外松本定次郎から賃借りした本件土地上にある本件家屋を目的物として、訴外伊東俊吉と通謀のうえ、同人との間で仮装の売買契約を締結した事実を確定していることは、原判文(その引用する第一審判文)上明らかであり、この事実を前提として、特別の事情の認められない本件では、右仮装売買により、本件家屋の所有権の譲渡とともに、本件土地に対する賃借権をも仮装したものと認めるべきであるとした原判示は正当である。したがつて、原判決に所論の違法はなく、所論は右と異なつた見解に立つて原判決を攻撃するに帰するから、採用できない。

同第三、五点について。

本件家屋の敷地である本件土地に対する賃借権を控訴人が伊東に対して仮装的に譲渡することについてなんらの合意ないし取極めのなかつたことが窺われる原判示は、右譲渡について明示の意思表示がなかつた旨判示した趣旨と解すべきである。しからば、右判示は、前記のとおり、原審が本件土地の賃借権についての仮装譲渡を認めたこととはなんら矛盾するものではない。したがつて、原判決に所論の違法はなく、所論は、ひつきよう、原判決を正解しないでこれを攻撃するに帰するから、採用できない。

同第四点について。

所論は、原判決を正解しないでこれを攻撃するにすぎないから、採用できない。

同第六点(一)について。

控訴人が原審で本件賃借権の移転に関する虚偽表示の有無について所論の主張をしていることは、記録上、明らかであるが、原判決(その引用する第一審判決)が右主張に対し判断していることも、所論冒頭引用の判文に照らし、明らかである。所論は、ひつきよう、原判決を正解しないでこれを攻撃するに帰するから、採用できない。

同第六点(二)について。

上告人が、松本定次郎に対する本件土地賃借権を保全するため、同人の被上告人に対する損害賠償請求権を代位行使することが許されないことは、民法四二三条の規定に照らし、明らかであり、上告人が、原審で、所論賃借権の侵害を原因として被上告人に対し所論の損害の賠償を求める請求をした形跡は認められない。したがつて、上告人の所論損害金の支払いを求める請求を棄却した原判決は、結局、正当であり、論旨は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官奥野健一 裁判官山田作之助 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外)

上告代理人吉本英雄の上告理由

第一点 裁判所の判断には証拠によらないで事実を認定した違法がある。

(一) 原判決は、本件について、東京地方裁判所(以下単に第一審裁判所と略称する)が為した左記判決を支持する判決をしている。

第一審判決の要旨

「原告が本件家屋につき、伊東俊吉のため、売買による所有権移転登記手続をしたのは、右当事者間に真実所有権移転の意思なく、ただ本件家屋に居住している被告を明渡させる便宜的措置として単に登記簿上の名義だけを移転したに過ぎぬものであり、その間本件家屋の敷地である本件土地に対する賃借権を原告から右伊東に対して仮装的に譲渡することについてなんらの合意ないし、取極めの存しなかつたことは窺うに難くはないけれども、通常買受人が住居としてこれを買受けたときは、買受人としては家屋の売買に伴いその敷地についての借地権の譲渡があつたと見るのが自然であり、特に借地権の譲渡を除外したとか、取毀家屋として売買されたというような特段の事情の認められない本件では原告と伊東俊告間の本件家屋売買に関する通謀虚偽表示は敷地に関する借地権を伴う通常の建物売買契約を仮装したものであつて、本件家屋の仮装売買にともないその敷地である本件土地について賃借権の譲渡が仮装されていると認めるのを相当とする」

(二) 然し、上告人と伊東俊吉間において為された、本件家屋に対する通謀虚偽表示と認められる売買契約の意思表示中にその敷地に対する借地権の譲渡も仮装されていると認め得るためには、右借地権の譲渡についての意思表示が仮装されていることが、売買契約当事者の表示行為の中に表示されているとか又はその為された表示行為の意味内容から客観的に解釈されるような内容乃至態様の表示行為なるものが存在することが証拠によつて証明されなければ、これを認めることは出来ないことは現行民事訴訟法の原則である。

何故なら、家屋の敷地に対する権利即ち借地権なるものは、家屋に対する所有権とは別個に法律上独立して認められている一種の財産権であつて、斯る借地権なるものは家屋の所有権に当然に附随し且つ随伴する権利であるとは考えられていないのであつて、家屋の所有権と別個独立にこれを取得し又は処分し得ることは法律上認められているところであるからである。

従つて、家屋に対する所有権の処分はその敷地に対する借地権の処分に対する合意が存しない場合でも、法律上当然に家屋の処分に随伴すると認めることはできない筈であつて、このことは旧大審院時代の判決において既に認められているところである。

(三) 従つて、また原判決がこれを容認した第一審判決において示されている如く、家屋に対する所有権の処分は、その敷地に対する借地権の処分も当然に仮装されていると認めるためには、法律行為当事者の表示意思の解釈によつて、客観的に家屋に対する所有権の処分意思の中には亦借地権の譲渡意表も包含されていると認められる場合にのみ、そうであるとされるべきであつて意思解釈上これが認められないときは、これを否定すべきであり、しかも仮装法律行為当事者の表示した表示意思からは、家屋の処分に伴つてその敷地である借地に対する借地権の譲渡に関する意思が認められるか否か不明な場合には仮装法律行為当事者の行為当時の内心の効果意思を探究し、証拠によつて始めてこれを認めるか否かを決定すべきものであつて、何等の証拠にも基かないで、ただ単に家屋に対する処分意思が表示されていることのみを以つて、直ちにその敷地に対する借地権の処分も包含されていると推断すべき法律上の根拠は存しない筈である。

(四) 今、本件について見ると、上告人と伊東俊吉間になされた本件家屋売買に関する虚偽の意思表示を認める証拠としては乙第四号証の四並に同第六号証であるが、乙第四号証の四の書面によれば、売買当事者によつて表示された表示意思の内容は、単に本件家屋一棟を代金九万円で売渡すと云う意思が表示されているだけであり、また乙第六号証には単に登記原因が売買であるという旨が記載されているだけである。

従つて、右両書面によつて表示されている上告人と伊東俊吉間の法律行為による表示意思の内容からは売買の目的とされた、本件家屋の敷地に対する借地権に関する譲渡の意思も当然に包含されていると認めることは右両書面によつて表示されている表示意思からは不可能であることは一見して明らかである。

然して、右両面に表示されている上告人と伊東俊吉間の本件家屋の売買に関する虚偽の意思表示の中に、借地権の譲渡に関する合意も包含されているか否かが右両書面によつて表示された表示意思からは不明であるならば、これが含まれているか否かは右両書面によつて表示されている意思表示の意味内容を解釈して定めるべきであり、その意味内容の解釈は行為当時の当事者の内心の真意を探究した上で証拠によつて認めなければ、これを認めることはできないことは前に述べた通りである。上告人本人の尋問の結果に徴すれば、当時の上告人と伊東間の話合の内容は、被上告人に対する家屋明渡交渉の便宜上本件家屋の登記簿上の所有名義のみを仮装的に伊東に変更すると云う話合の上で所有名義の変更が為されたものであると云うのであるから、上告人と右伊東間に於いて本件家屋の売買に関する通謀の意思表示の内容中には、本件家屋の敷地に対する借地権の譲渡に関しての通謀は無かつたし、又そのような合意も無かつたことは明らかであつて原判決が認容した第一審判決も此のことを肯定しているところである。従つて、原判決が、これを容認した第一審判決において認めたように、本件家屋の売買に関する通謀虚偽表示は、敷地に関する借地権の譲渡に関する合意もまた当然に仮装されていると認めるのを相当とするような結論を導き出す根拠なるものは存在しないものである。従つてこの点に関する原審の判断は、証拠によらないで事実を認定した違法があり斯る違法は判決の結果に影響があるから破棄さるべきである。

第二点 原判決には、法律を不当に適用した違法がある。

(一) 民法第九十四条第一項において、無効とされる虚偽の意思表示なるものは、法律行為当事者間にその法律行為の内容となつている事項について、通謀が為され、その為された法律行為の意思表示が行為当事者の内心の効果意思と異る場合のみである。従つて、表示行為と内心の効果意思とが異る場合であつても、虚偽表示当事者間において表示行為の内容通り意思表示を為すについて通謀が存しないときは、民法第九十四条第一項が適用せられる余地はないし、又表示意思によつて客観的に認められる意思表示の内容並に範囲を越えてまで同法第一項が適用されるような虚偽の意思表示があつたと認めることはできないものであることは法文の規定から見て亦当然と云わねばならぬ。

又民法第九十四条第二項の規定は、同法第一項の規定によつて認められる虚偽の意思表示についてこれを信頼して取引関係に立つた善意の第三者を保護する規定であるから、同法第一項によつて認められる虚偽の意思表示の内容並にその範囲を越えてまでもこれを信頼した善意の第三者を保護する目的を有するものでも無いことは同項の立法趣旨から見て亦当然といわねばならない。

本件について見ると、上告人と伊東俊吉間に於いて為された本件家屋に対する虚偽の売買契約に関して、同家屋の敷地に対する借地権の譲渡についてまでも右両人間に共謀があつたこと並に譲渡に関する意思表示があつたことは何等証拠によつては認めることはできないのであることは前記理由第一点において述べた通りであり且つ第一審判決においてもこれを肯定しているところであるから、少くとも本件土地に対する賃借権を仮装的に譲渡する意思表示が上告人と伊東間に為されたか否かを証拠によつて確定した後でなければ民法九十四条第一、二項の適用はできない筈である。然るに原審は右の事実を未だ証拠によつて確定していないのである。亦、本件家屋に対する虚偽の売買に関する意思表示があれば、法律上当然に同家屋の敷地に対する借地権についても当然にこれを譲渡する仮装の意思表示が存すると認めなければならぬ法律上の根拠は無いのであるから、原審がこれを容認した第一審判決のような結論を導き出す法律上の根拠として第一審判決が民法第九十四条第二項を適用したことをその儘正当として認容したのは、原審において民法第九十四条第一、二項の解釈を誤つて適用した結果に基くものというべく、従つて原判決は法律の適用を誤つた判決であり斯る法律の適用の誤りは、判決の結果に重大な影響があるから右の如き判決は破棄されねばならぬ。<中略>

第七点 原判決は審理不尽の違法ある判決である。

原判決がこれを正しいと認容した第一審判決はその理由中において、「買受人としては、家屋の売買に伴いその敷地についての賃借権の譲渡があつたと見るのが自然であり……特段の事情の認められない本件では……本件売買に関する通謀虚偽表示は敷地に関する借地権を伴う通常の建物売買契約を仮装したものであつて、本件家屋の仮装売買にともない、その敷地である本件土地について賃借権の譲渡が仮装されていると認めるのを相当とする」と判示している、然し敷地である本件土地についての賃借権の譲渡が仮装されていると認める為めには、上告人と伊東間に右賃借権譲渡についての仮装的意思表示並に同両者間において、そのような意思表示をすることについて、通謀が為されたか否かについて証拠によりこれを認定した後でなければ、右判示の如き、認定は出来得ない筈である。然るに第一審裁判所の手続並に原審における手続を精査しても、その点について審理された形跡は元より、これを証拠によつて認定した形跡は全然存しない。

即ち第一審判決は、右の点について何等審理を遂げることなく、従つて亦右の事実について証拠によつてこれを認定することなくいきなり前示判示の如き判決したものである。従つて、また原判決には審理不尽の違法があるといい得べきであつて、斯る審理不尽は判決の結果に影響を及ぼすものとして破棄されなければならない。

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